54023通りの空論

ねむねむ

『ある奴隷少女に起こった出来事』から削除された箇所

ハリエット・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』の英語版(原著)にはあるけど、堀越訳の本からは削除されてしまった部分の訳です。

 

イザヤ書、第32章第9節と併記されていた部分】

北部の人たちは奴隷制度について、何も知らないに等しい。彼らは奴隷制度を、終わりのない束縛、程度にしか考えていない。北部の人たちは「奴隷制度」という言葉が、どれほど人としての尊厳を深く傷つける行為と関わっているのかを一切理解していないのだ。もし理解していたならば、これほどまでに恐ろしい制度を打倒するその時まで、たゆまぬ努力を続けただろうに。

――ノース・カロライナのある女性より

 

【「著者による序文」の直後にくるはずだった部分】

「編集者による序文」

私はこの自叙伝の著者と個人的な付き合いがありますが、彼女の話し方や立ち居振る舞いに自信を抱いてます。この十七年間、彼女は多くの年月を、ニューヨーク在住のさる高名な一家とともに暮らし、また一家から大変に尊敬されていたために、海を渡って逃亡することができました。彼女の人柄が確かであることは、もう何も言わずとも、これらの事実を示すだけで十分でしょう。彼女の物語に出てくるいくつかの出来事は、フィクションの小説というよりも恋愛小説のようですが、彼女のことを実際に知っている人々の中に、彼女の誠実さを疑うような人などいないと私は信じています。


彼女の要望により、私は彼女の原稿を推敲しました。しかし、私が加えた修正の目的は、主に話の内容を濃くしたり、話の順番を整理したりすることでした。私は一連の出来事に何も付け加えたりしていませんし、彼女の深く贖罪するかのような記述に変更を加えたりもしていません。ごく僅かな例外を除いて、本書に書かれた考えや言葉は、どちらも彼女自身のものです。余分な箇所を私の手で多少削りはしたものの、彼女が自身の物語を活き活きとドラマチックに語るさまに、変更を加える理由が私にはありませんでした。ちなみに、私は作中の人物や場所の実際の名前を知っていますが、こちらには伏せるだけの理由があります。


本書はいずれ、奴隷制度のもとで育った女性がこれほど素晴らしい文章を書けるのか、という驚きを誘うでしょう。が、これは彼女のいた環境によって説明できます。第一に、天性の気質が彼女に勘の良さを授けました。第二に、彼女が十二歳になるまでともに暮らした女主人は、心優しく、思いやりのある友人でもあり、彼女に読み書きを教えました。そして第三に、彼女は北部に来てから有利な状況に置かれていました。頭脳明晰な人々と頻繁に交流し、与えられる機会の数々を自己修養に捧げたいと考えていました。


私は多くの人々が、本書を一般社会に公開したという無作法な行いを理由に私を非難するであろうことを、よく理解しています。なぜなら、この聡明でひどく傷ついた女性の体験してきたことは、一部の人々が「繊細な議題」だとか「下品な議題」だとか呼んでいる社会的階級に属するものだからです。この奴隷制度の奇妙な側面は、ほとんどの場合、覆い隠されてきました。しかし、その非人道的な素顔に、一般社会は向き合わなくてはなりません。そして、私はこの奴隷制度の奇妙な側面を覆い隠すヴェールを取り払って一般社会に提示する、という責任を自らの意志で負う次第です。私がこのようなことをするのは、奴隷としてあまりにも汚らわしい不正義に苦しめられた結果、あまりにも繊細な私たちの耳では言葉を聴き届けてもらうことができない我が姉妹たちのためを思ってのことです。私のこの行動は、良心的で思慮深い北部の女性たちが感化され、奴隷制度の問題に自分たちも道徳的影響を与えるべきだという義務感に目覚めることを期待しているからです。この物語を目にした全ての人々が、奴隷制度から亡命した者たちが誰一人として、政治的腐敗と残虐行為に満ちる忌まわしき巣窟へと連れ戻されることのないよう――そして、そのようなことが現実に起きないようにする能力を持った――神様に心の底から訴えることを望んでいるからです。

リディア・マリア・チャイルド